聖書の新しい窓

 

 

四十年位前、観念ごとばの神学のむなしさに堪えかねて、私が自分の修室で座禅を始めたこと。地上のあちこちから呼ばれて、黙想指導を行ううち、おのずからに座禅も導入されるようになったこと。諸宗教対話の雰囲気が高まりゆく中で、社会的抵抗もなかったこと。後にベルギの有名な、聖人アルベルト大修道院に新しく禅堂を設けることになって、その指導者シュムーレンブルク神父から、「禅堂に、あなたの名をつけさして欲しい」と云われ、「御自由に」と答えて、開堂式にも赴いたこと、そして、その数年後に、その大修道院が、大学の寮に売却されたこと、-勿論、禅堂も一緒に- を知って、その神父に「何故、私にひと言も云わなかったのか?」と質ねたら、びっくりされて、「私たちは、あなたの言葉に従ったのですよ!あなたは、最初の訪間のとき『この修道院は、お化けの出入リするお城みたいだね』と云ったのですよ。その言葉は、私達皆の心に、ぐっとつき刺さリました。それで、手放すことを決意したのです!」このことは、草庵だよリにも既に報告した、と恩う。また、私がその神父に、禅を始めた動機を質ねた時、彼の場合も私と同じであったことも報告した、と思う。

北米に黙想指導に招かれるようになった初期の頃の黙想会で出会ったキャムペル神父から、今年の初め頃、一人の女性牧師シンデイ.クレインからの小さな論文が送られて来た。彼女は二十才の頃、交換留学生として日本に居て、よく高森に来ていた。そこで田植えをした時、はじめて、存在とのかかわリを、きき、ながめる目と耳が開けた時の体験が告白されている。なんでも観念的ことばで分ってからかかわろう、とする存在の牢獄状態に気付いたのである。

しっかり田植えをしよう、という意識で、五本の指でしっかリ稲の苗を握って植えようとすれば、指の穴がしっかリと土の中に出来て、根はその水の穴に曝されてしまう。

「こうやって植えなさい」と云う私が、一本の指を苗の根に添えて、小さな円の一部をなぞるように土の中に描くと、根はしっかりと土になじむ。そのときはじめて、彼女は、「コトことば」の世界に出会ったのである。そして彼女の存在ははじめて自由になった。

今、終末論の神学を語るのに観念ことばの空しさをしみじみと味わい、そして田植えの時の私のコトことばを思い出している。コトことばなしに終末論は語れない。

     この夏(1999)、私の手書きのヨハネ福音書を実現する仕事をしているグループからの三人が、一緒に中近東、アフリカ、ヨーロッパに行ってくれた。ヨハネの最初のパピルス印刷がスイスの図書館に在ること、カイロからナイル河を、小淵沢から東京位迄遡った所に、パピルス印刷物が最も多く発掘されたこと、その多くが今はアイルランドのダブリン近郊に在ること、等々をイシターネットで予め確かめ、訪ねるべき私の友人や、関連場所を列挙しての強行旅程が聖書構成確認の最初の旅行であった。

帰ってからも三人のうち二人が長く病気になられて恐縮したが、ホ・ロゴスの具象化と思われる手の鋳物について、スイスのグランシャン修道共同体のユデア人のシスターから詳しい説明を聞いたりした次第等を、帰るなり、告げられた。

それから二、三ヶ月経ったとき、ベルギー、ブリュッセルの日本文化、言語研究所のダニエル・モリンという人から、私が深く関係している「東洋諸道」の事務局長のマリー・ローズ・ドヂヴさんから依頼されて、「あなたのヨハネ序文をフランス語に直したが、間違いがあったら直して下さい」という便りと原稿が届いた。ヨハネの序文のホ・ロゴスが、わたしの「かかわりの御手」という訳そのままにla main Agissante としてある。何と云う勇気ある転換だろう、とは思いながら、実は、それが旧約聖書、創世紀のはじめに、「神、光あれと、日えば光あリき」と在るながめのながめなのだ、と思う。あとで闘いた所、前述の三人が、あちこちで、私のヨハネ序文の目本語訳を配っていたことを知った。

 この秋、高森関連霊的家族の北米、中米連絡係をやっているキャンベル神父が突然のように来目した。深き修業の後、今は他界して観音様と呼ばれて尊敬されている仏道の尼さんの墓参と、その姉妹のカトリヅク修道女と話し合うことと、高森と私を訪問するためであった。彼は面白い題名の本を持って来た。-マルコの福音(大乗仏教的経典)-ヨハネ・キーナン著

マルコは、イエズスの行動を、直ちに、直ちに、と、無心に彼岸の息吹きにのみ従う姿を書き綴っている、そのことと関連するのであろうか。

そういえば、海外での黙想会では、かむいさまの洞窟に入リ、かくれ住む具体的歩みの秘訣への感謝と共に、聖書の洞察の深さへの感嘆がよく聞かれた。

諸宗教対話も、今はただ、キリスト教は座禅を学び、仏教はキリスト教の

神学的教育を学ぶというのではなく、どの地下流であれ、その原点に、ひとが裸で曝される時が来たのであろうか。聖ルカの云う、小さき者らのとこほぎの時きたのであろうか?

そう云えば、私の健康状態を絶えず監視して注意を送ってくるのは、アルゼンチンのクラウデイア・マテイエルロの知る、私がまだ出会ったことのない治療師であリ、ヨハネの序文の最初の日本語、「未生に…-」を、それは「無生に」だよ、と訂正した鈴木格禅老師は、この八月他界したが、何時も、

そこに座っている。

「聖書の新しい窓」とは、かむいさまの限リなく深い洞窟の中で、かむいさまの光でながめる「聖書の本来の窓」に外ならない。

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