大切な窓
初めて、押田神父様、高森草庵を訪ねて参りましたのは、九四年の三月だったと思います。
前年の降誕祭に洗礼を受けた私は当時まだ大学生でした。 洗礼の準備をしている時に、ある仏教の方に押田神父様の存在を教えて頂き「遠いまなざし」や「祈りの姿に無の風が吹く」などを、深い喜びのうちに読んだのを覚えています。それは 初めから 強烈な出会いの印象でした。
押田神父様のところへいく頃には ほとんどの著書を何回が読んでいたと思います。 (その後も今日に至るまで何度も読み返しているので いったいその頃どのくらい読んでいたかは正確にはわかりませんが…)
その日、東京から鈍行列車で草庵に着いたのは、丁度 夕の御ミサが始まる頃でした。私は御聖堂の場所を教えてもらい、皆と一緒にその中で御ミサが始まるのを待っていました。 そこへ農夫のような人が手拭を外しながら (それが神父様)御聖堂へ入ってきました。その時の「存在」の雰囲気のような感じは今でも鮮明に焼きついています。
高森のミサ。それは 私がそれまでまったく経験したことのないミサでした。
深い沈黙! それは、意識が表層にあることを許さないかのような、深みへ沈むことへの誘いでした。私は言葉を失いました。
その日の夕食、押田神父様と 高森草庵の人達は心よく私を迎え入れて下さいました。決定的出会いだなと感じました。
又、春の田んぼでは苗床作りを皆でした時の事。神父様が、一段上の田んぼの土手のところに立って、苗床がしっかり水平にならしてあるかを確認しながら 「あそこがちょっと高い。こっちがちょっと低い」と指示されて 私はあっちをならし、こっちをならし、しました。
美しい青い山々,春の陽射し、やわらかな緑,小さな花,小鳥のさえずり,虫の歩く姿。すべての営みが私たちのいのちを祝しているのを感じました。すべての被造物がともに生きている喜びを感じました。
泥だらけの足を小川流れで洗い流し,皆で一緒にお茶休みをした時のその笑い声,喜び,仕合せはほんとうの仕合せであり、ことほぎでした。
高森の貧しさは,人にとって仕合せが何であるか、現代文明が我々に何をもたらしたのかという真剣な問いかけを突きつけます。
私の信仰の歩みにおいて押田神父様とであいた事は本当に仕合せなことでした。それはきっと神様のわざでしょう。恐らく、押田神父様がお元気で高森におられた最期の頃に 私はご縁を頂いたのです。神父様の願っていた世界,眺めは確かに皆に引き継がれてゆくでしょう。私も引き継ぎました。
高森がどれほど大切な窓になっているかは皆が痛いほどに感じている事だと思います。その思いがあるかぎり、その窓は開きつづけるはずでしょう。
高森の円いを愛するすべての家族の思いと祈りの一致のうちにともに神様の息吹に運ばれてまいりましょう。(K)