復活体験

 

 

マリアが墓の外に立って泣いていた。泣きながら身をかがめて墓の中を見ると、イエスの遺体の置いてあったところに、白い衣を着た二人の天使が見えた。一人は頭のほうに、もう一人は足の方に座っていた。天使たちが,「婦人よ、なぜ泣いているのか」と言うと、マリアは言った。「私の主が取り去られました。どこに置かれているのか、私には分かりません。」こう言いながら後ろを振り向くと、復活されたイエスの立っておられるのが見えた。

 

イエスがマグダラのマリアと出会った時、一つ質問をなさいました: “だれを捜しているのか”? 

 “あなたは何を求めますか?”福音書が始まる時、イエスが弟子たちになさった質問です。

これは人生の歩みのいつか誰でも切に感じる質問です。だれを捜していますか? 何を求めていますか?

誰もあなたのためにこの質問に答える事はできません。しかし、あなたがそうしたいなら、誰かがあなたと一緒に正直な答えが出せるように助ける事ができます。

わたしたちはそれぞれ異なる段階で、異なる方去で、この質問に答える事ができます。多くの人は墓のマリア・マグダレナのように、主を捜しているです。

信仰の歩みはある望み、ある飢えの歴史なのです。わたしたちが歩み続けるのは、愛に捕らえられたからで、個人的あるいは人生行路の実現の約東ではありません。

エックバルトが次のように述べています:“愛は漁師の鉤針のようなものです。漁師は、もし鉤針に餌を付けなければ・魚を取る事ができません。この釣針に捕らわれた人はあまりにも深く掴まえられていて、足も子も、口、目、心、全人格がただ神にのみ所有されてしまいます。希望しなさい。この釣針が幸いにもあなたを捕らえるように。しっかり掴まえられていればいるほどあなたは自由になれるのです”。

 

 

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